NUMBER51 100年以上前に発売された「かへで白粉」と「はな白粉」って?NUMBER51 100年以上前に発売された「かへで白粉」と「はな白粉」って?

白粉=白という常識を変えた
「肌色の白粉」です

メイクの文明開化を告げた「かへで白粉」と「はな白粉」

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1906年、資生堂は国産品として日本ではじめての、色付き固練白粉(おしろい)「かへで白粉」と「はな白粉(後に「やよい白粉」)」を発売しました。ファンデの前身として、古来より存在した白粉。平安時代から江戸時代、そして明治後期まで、白粉は肌を白く美しく装うものとして「白色」が常識でした。 そんな中、これらの肌色の白粉が生まれた背景には、西洋の文化が影響しているといわれています。この頃、日本にも西洋文化が入ってきはじめ、洋装が浸透してきました。女性たちの間で、憧れの対象となりつつあった洋装を始めとする西洋文化は、お化粧にも変化をもたらしたのです。そこで、白粉でも洋装を意識し、「西洋風の自然な肌色づくり」を提案したのです。

西洋の借りものではない、日本人らしい美を探求

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色付き固練白粉「かへで白粉」と「はな白粉」、この2つの違いは色にあります。「かへで白粉」は、健康的な肌色を演出するといわれる黄色、「はな白粉」は肌の白さを際立たせる肉色(紅色)の白粉でした。この2色は、資生堂がつくり続けるファンデの原点になっています。 資生堂では創業当時から、開発に際し、時代の変化・海外の文化など、新しい美意識を取り入れることを大事にしてきました。また、西洋文化をただ取り入れるだけではなく、「女性一人ひとりの美しさを引き出す」ための美の演出方法としてどう活かすことができるかを考えてきました。 そういった思いで日本人の女性の肌に映える色を考えた結果、「かへで白粉」と「はな白粉」という2色の色付き固練白粉の誕生に結びついたのです。

この記事の回答者

高野 ルリ子

株式会社資生堂
企業文化部
文化資産
マネジメントグループ
マネージャー
博士(学術)

回答者プロフィール

1992年資生堂入社。
千葉大学大学院自然科学研究科博士後期課程情報科学専攻・学術博士。
「化粧の心理、生理的効用、顔の認知や魅力に関する研究」を主軸とし、
心理学的視点に基づくメーキャップテクニックの解釈や理論化に長年従事。
近年は化粧文化研究に注力。日本顔学会会員、理事。日本心理学会、日本感性工学会会員。
2014年4月より筑波大学グローバル教育院客員准教授。

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